イットとよばれたこ

私の脳みそ

私の中の“生”なんてものは大体は死期をずるずる伸ばしているだけのようなもので、そんなにキラキラしたものではない。

とりあえずこのライブが終わるまでは生きよう、とか、ツアーが終わるまでは、あのCDが発売されるまでは、と、少しずつ繋ぎとめられたもの。

と言ってもその生きる展望がなくなったとしても死ぬ勇気もないクソ野郎なのできっと生き延びてしまうのだけど。そうやって生き延びてしまった時も今まで何度もあった。まあ生き延びてしまったおかげでこうして好きなアイドルに出会えてまた死期を伸ばしてしまっているのですが。それが良かったか悪かったかは結果論でしかないし死んだ後にしかわからないし。でも楽しいも嬉しいも幸せも感じさせてもらっているし、出会えたこと会いに行けること、今の私は悪くないと思ってる、生きるのも。

 

 

私は頑張っているつもりなのですが、まあ、そんなのどうせつもりに過ぎんし見えるものじゃないからね、実際に死ぬほど頑張っていても合格ラインに乗れなければ社会からも世間からも認めてもらえないしね。

例えば私が人より10倍必死で生きていたとしてもその10倍の先が合格に到達していなかったら咎められてしまうしギリギリ合格やとしてももっと上はいるから頑張ってないように見える。比喩ですよ。

結局は全部結果論なんよね、私にとっては生きるだけで必死でもそんなところ大体は見てもらえないし。はあちょっとつかれた、

 

今日の脳内は朝からずっとバグズが流れています。早く聴きたい。音源もライブも。

 

今日だって何度も泣きそうになりながら立ってるし生きてるし、でもそんなこと誰も知らないし、ああ、、

 

帰りたいけど午後からも頑張るから、なんかいいことありますように。

台風来るなら週明けにしてね。